A.D.

頼 杏坪

松本 順

竹富 清嘯

石丸家系 et.al

1850
嘉永3松本相続

1854
嘉永7石丸一夢没

1855
安政2幕府出仕

1856
同3竹内玄洞らに蘭学を学ぶ

1857
同4長崎ポンぺに就学

1859
同6写真術を学ぶ

1860
万延1妻子を呼ぶ

1861
文久1精得館開学
全国より学生集う

1862
同2ボードエン着任

1863
同3江戸・医学書頭取

1864
元治1慶喜公と京へ

1865
慶応1新選組訪問

1866
同2慶喜の侍医となる

1867
同3京より帰る

1868
明治1横浜で捕らわる

1869
同2加賀邸に幽閉

1870
同3自由の身となる
早稲田に蘭疇舎建つ

1871
同4軍医頭となる

1873
同6軍医総監となる

1875
同8仙台巡向

1877
同10大阪広島熊本行 官軍の墓碑銘を書く
松本軍医総監に会う
丁丑

1878
同11勲二等旭日重光章

1879
同12長男死す6月隠居 明治12石丸逸翁没(65)

1880
同13守田ら劇界を支援 鉄軒国手当ての南画 庚辰

1881
同14日本薬局方委員

1882
同15軍医総監に再任

1885
同18大磯に海水浴場

1886
同19叙従四位 同19桜井来訪
石丸家「清玄書楼」
丙戌

1887

1888
同21民間治療法を著作

1890
同23貴族院議員

1891

1892
同25大磯へ隠退

1893
同26妻次男死す

1894
同27伊豆で眼疾

1895
同28桜井来訪 乙未

1896

1898

1899
同32桜井郷・今治吹揚城来訪
同年広島にて没
己亥

Kyouhei Lai

Jun Matumoto

Seishou Taketomi

Ishimaru et.al

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