■折合の大桧■                   当時の日記    


リュックを背負ってしばらく林道を登っていると後ろから上がってきた車から声がかかった。

「釣りかい」 「いや、折合の桧を見にきたんですか゛」

「ああ、それなら兄ちゃんがバイクを止めたところから直ぐに上がる道があったんやが」

まだこの先にも上がる道があるからと、そこまで乗せてもらう事になった。

「なんでも日本一の桧という事ですねえ」 「ああ、まあそういう事になっちゅうけどねえ」

暫くして小さな流れが溯る谷あいで車を降りた。

「ここらからこの川をさかのぼって尾根を一つ越えたら桧のある尾根につくきねえ。まあ1時間ほどやろう」

指差された尾根は遥か霞がかる程遠くに見えた。方位磁石を頼りに曲がりくねる山道を登るうちにとうとう道に迷ってしまった。

1時間という話がもう既に4時間も斜面にへばりついている。とうに水筒は空になって僅かな岩清水で渇きを凌ぎつつ

2つ目の尾根に到着。汗まみれ、泥まみれ、茫然自失。こんなことなら元の道に戻った方が良かったのでは・・・

山頂から少し下りた尾根で遂に二本の梢を立ち上げる老大木に出会った。

その2本の梢から太い根元まで、おおかた樹皮が剥がれて枯渇し、落折した大枝がゴロゴロと転がっている。

麓で所在を聞いた人は「元は3本が一つになった立派なもんやったけどねえ」と言っていた。

幹の損傷は前のもう一本が折れた傷跡だろうか?痛みがかなり激しい。

北側の1枝のみが僅か地上より樹皮を張り付かせて、漸くに葉を広げている。

枯渇した幹に刻まれた悪戯描きが、一層痛ましい様を強調しているようだ。

しかし樹齢1000年といっても憚る事は無いであろう大幹周。

ずっとこの山上で生き続けた巨樹は、桧生原の人達にとって無くてはならない老翁のような存在なのだろう。

山を下りて民家のある所まで来ると、道沿いから瑞々しい姿態の大椎が見えた。

これが実に好対照で目に焼きついた。


桧生原の大椎

大桧を観察した時には既に衰退が激しく、地元の方からは誇らしい反面、残念だという思いが

言葉の端はしに感じられました。役目を終えた大桧に代わって、この大椎がこの地域のシンボル

になるのではないかと思います。姿態の美しさは四国随一、全国でもこれほどの綺麗な樹は稀でしょう。