part.49          

        

     例によって、また変なタイトル? いや、ありふれたタイトルだなと思われる
  かも知れないが、この言葉はぼく自身への励ましでもあり、生活信条でもある。
   
   6年余に及ぶこの講座は、ぼくが展開してきたフォト・ディレクター概論のカ
  リキュラムを元にして書いてきたが,予定した基本的な大要はほぼ終わった。
   後は自分史として仕事以外の社会との接触、写真家の団体役員期の改革記録な
  どを書くだけである。
       
   
 そんな節目にあたり、この講座をどうするか、存続するならどんな内容、形で行うか。
いずれにしても年齢と体調を考えるとぼくの人生での持ち時間はもうあまり長くはない。
 そんな事を考えていた時、思い出したのが、晩年の芸術家の仕事の特別な性格について
『老齢期を迎えると、老年の窮境は打ちくだくことも乗り越えることもできないが、深め
ることはできる』といった有名な文化評論家の言葉であった。
       
 この言葉がヒントになって、写真創作の技法には、現場でのケース・バイケースのバリ
エーションがあり、これをPC上で解説するのはかなり難しいが、それをやってみようと
いうのが、今後の答えのひとつになった。タイトルは「身辺雑記」だが、内容は自分史を
かねた実務的な写真講座である。
      
    
 ぼくはこの講座を書き始めてからは、調べること書くことに追われ、写真を撮ることは
少なかったが、ある日ふと現在撮り貯めた写真を作例、参考にと選択をはじめて驚いた。
  つまり、そこには自分の信条をなおざりにしていた日々を反省させる駄作しかなかった
からである。
     
  
 ぼくの思考は、この身をもって体験した太平洋戦争と年少時に受けた父のスパルタ教育
にさかのぼることになる。
     
 戦勝国は人々の視野を高め、思考を未来型にする。しかし、敗戦国はこの正反対である。
 日本は経済的には何とか立ち直ったかに見えるが、有史以来初めての敗戦の傷痕は根深
く、その現象は如実である。日本は国として人間としての誇りを失った。敗戦後半世紀以
上を経て、なお世界を相手の卑屈な政治姿勢は嘆かわしく、また現社会に多発し始めた人
間不信、倫理喪失事件は見るに耐えない。
     
   
 戦いはすべて勝たねばならない。負け戦では人間、覇気を喪い卑屈になる。少年よ大志
を抱けは正鵠だ。もちろん大きな目標は持ちたいが、熟年に達してからの過大な目標、無
鉄砲な行動は現実の重みに破れ、失速することになる。
                                                                        
 日々の生活では、殊に自分自身に勝たねばならぬ。己を知り自分の能力を過信すること
なく自分なりの誇りをもって生きるには、自分なりに可能な <もうひとつ上を目指す>
 というのが、ぼくの半世に及ぶ信条になっていた。
      
 ぼくは駄作を前にして、<もうひとつ上を目指す>ために、これまでの漫然とした思い
つき一辺倒の写真の撮り方を止め、数年前から「わが家の四季」というテーマを設けた。
目的を明確にすると、ありふれた日常生活にもかかわらず物の見方も変わるものである。
 Part44・45の「花火によるキネティック・バージョン」はその一環である。
     
   
   このことは、正業を持ち、趣味として写真を撮るアマチュア写真家にも共通す
  る問題として、今回は「身辺雑記」の手始めとして、我が家から半径30メート
  ル以内で撮られたごく身近な植物写真を例として、撮影現場での色彩のキーポイ
  ントについて話を進める。

      

     

< わが家の常緑樹 >

 これは、我が家の常緑樹の紹介として、夏季にはベランダに出すこともあるベンジャミ
ンと部屋の中のゴムの木との構成である。丸い葉っぱを含め、デフォルメに近い印象にな
っている。
   
  でも、このアンバランスさが、リビングの片隅にあるぼくの指定席、パソコンの前に腰
掛けて、ぼくが望遠レンズで見た視覚なのだ。
 4Fのベランダ、5Fのル−フガ−デンには、足の踏み場もないほどプランターや植木
鉢に、サボテンから雑多な草花、きゅうりまで所狭しとならんでいる。ベランダのその先
は団地と市の緑道沿いにマンションの4、5階ほどの高さの落葉樹が延々と続いている。
            

< 4Fベランダより >      南側4Fのベランダからの前面風景。                      
              
< わが家の環境 >
 さて、自由気ままな身辺雑記の第1回目を<植物写真>としたが、この5年間ほどの急
速な体力の衰えを感じながらも何とか続けられた体験から、この豊富な緑にかこまれた環
境を抜きにしては、到底成立しないことがよくわかったので、余談になるがその辺につい
て簡略にのべておきたい。
    
 ぼくは、田舎育ち、山野を駆けめぐる少年時代を過ごしたせいか、我が家となるとどう
しても緑付きの家、環境が頭をよぎる。
 そんな願望も気持ち次第、金はなくとも運があれば何とかなるといった調子で、南麻布
では格安の土地をローンで手に入れスタジオを建てたが、徒歩3分の近くには有栖川公園
があり、隣も緑いっぱいのプリンスホテルで、この意外な入手には僥倖運が大きかった。
    
                                   
 麻布には初期の借家住まいをふくめて20年住んだが、都心としてはすばらしい環境だ
った。しかし、次男が生まれてまもなくひどい気管支喘息の持病があるとわかり、担当医
に転地をすすめられた。  
    
 その時、ぼくは即座に次の候補地は鎌倉ときめていた。鎌倉は緑がいっぱいで、我が家
の先祖が清和源氏の後裔という縁も考えたが、文化史好みのぼくには、歴史ある風土、文
化、宗教、文人たちに興味があった。何度も訪れるうちに緑濃い鎌倉山では民家の庭にリ
スが出没するのをこの目で見て、ここしかないと思った。
 でも、今度は必要な資金は用意していたが肝心の土地の入手には到らず縁がなかった。
    
   
  そんなある日、新聞広告で国の肝入りで東京の新しいベッドタウン、ニュータウンつく
りを目指すという多摩市に出来る住宅公団の分譲のマンション募集を見た。
    
 鎌倉に未練を残しつつ、とにかく応募してみたらといった軽い気分だった。 
 それが、まず第1次の当選オメデトウという通知があり、ついで多くの希望者があるた
めに、現場で希望住宅の順位を決めるという第2次のハガキがきて、420戸のマンショ
ンを対象に、ぼくは選定順位2番という幸運に恵まれた。
    
 そんなことで事前に建設中のこの団地に2度ほど足を運び、地盤の良否、方位、構造、
設備などを確かめた。ぼくは2番という選定順位のため、自分の希望どおりの最も良い環
境、前後とも緑いっぱいで、建物もこの団地では一番広い4F、5Fのメゾネット・タイ
プ。プレキャスト・コンクリート構造117平方メートルの住宅を選択でき、1985年
に入居した。
    

        

< 新緑を競う >

 
  現在の我が家は、南西側が市の緑道に接し、北側は公園のため、緑に囲まれて毎日森林
浴をしているような気分である。
     
 通常、市役所が「ペデ」と呼ぶ多摩市自慢の緑道は、4メートルの舗装道路に両側1.5
メートルづつの植樹帯があり、車バイクは禁止の植樹つき遊歩道のような感じである。
 さらに、幹線道路とはほとんど立体交差になっており、走り回る子供やペットの散歩に
は最適な道路である。
                                    
 ぼくが入居した頃は、まだ人口も少なくこの緑道や裏の公園にはキジがあらわれ、我が
家の窓下までくることがあり、多摩もまんざらでもないと思ったものだ。
                      

< 裏公園より >     北側の隣接する公園より、我が家を望む。   南西側は、落葉樹が並ぶこの緑道に接している。

< レシピ >

                     
                   
< 新緑を競う >
     
  この作品のカラーバランスの良さは、5月の上旬、色のレシピでいえば、これらの樹木
が早春から新緑への最も魅力ある頃、左側の混色だということだ。
 中央上部の冴えた色合いは、シアンがかったグリーンのせいで、その右の小さな赤味は
新芽の色だがやがてグリーンになる。盛夏には右のパターンになって、安定してしまう。
    
 この公園の大きさは、東西、南北、それぞれ200メートルくらいの方形で、樹木が繁
茂する初夏を迎えると、隣接する我が家の4、5階の高さからの眺めは、鬱蒼として樹海
を見るような印象になる。
      
 多摩市の緑道や公園、団地の樹木は、種類本数ともに豊富で、桜・けやき・しらかし・
ゆずりは・つつじ・ざくろ・かりん・びわ・さるすべり・やまもも・れんぎょう・いちょ
う・びようやなぎ・ユリノキ・さざんか・はなみずき・ねむのき・ふじ・ぼけ・もみじ・
かりん・きんもくせい・その他などなど20種以上もある。
     
 ぼくは、<もうひとつ上を目指そう>ということで、これらを相手にそれぞれ春夏秋冬
の最低各一点の納得がゆく作品をものすることを課題にした。
 しかし、これが仕事なら大変なことだということがわかってきた。つまり、記憶の悪い
ぼくが樹木の名前や特質を覚え、色の季節変化などもろもろを察知しながら、フォトジェ
ニックな組み合わせの良さを考えるなど、容易なことではない。
    
     
 ここに掲載した作品は、公園のごく一部で発見した「ゆずりは」「さくら」「けやき」
「しらかし」などのフォルムと色彩の変化による、いわば新緑の出演者たちの自らが演出
した造形である。この場所は2年続けてトライし、やっと3年目で写真になった。
    
 こうした樹木の色の組み合わせを狙うシーンでは、季節による天候への一瞬の油断でカ
ラーバランスが崩れ、手おくれになるので、日々の見回り気配りが欠かせない。
      
「形には色があるが、色には形がなく、しかも、形を支配するだけのものをもっている」
これは遅まきながら、これらの草木たちから、ぼくが受けた教訓のひとつである。
 
 
 それにしても、この写真のような自然が演出するこんな大胆な構成は、ぼくには思いつ
かない。日向の色、日陰の色の微妙な対比。風のある日の乱舞、豪雨の日。チャンスは果
てしない。
 
 ぼくは、いまだに自然が織り成すこの舞台の決定的瞬間を見逃さないよう、切り取ろう
と努めているだけのような気がする。そのうちに誰もが気づかなかった決定的な視覚、ア
ングルの発見があればと希っている。 
                   
                      

    

< 雪の日 >

< 春を迎えて >

   
 この2点の作品は下の写真で見るように、我が家の裏出口の駐輪場に接して立つ門番の
ような「ユリノキ」である。
 ここに引っ越してきた22年前は、まだ小さな木で飄々として、ちょっとノッポなオト
ボケ少年を思わせるようで、ぼくは親しみを感じてきた。今やずいぶん大きくなったが、
印象は大して変わらない。
  

    

< 裏口の門番 >                
                   
< 春を迎えて >
   
 ユリノキ(百合木)は、この団地に住んで初めて知った名前だったが、よく見ていると
四季折々の色彩的な変化がすばらしく、そんな種類のこの木を今回のテーマに選んだ。 
   
 この時期の写真は、落葉樹であるこの木の特徴がもっともよく表れれたものといえよう。
やや太い幹から出た枝は細く、剪定のせいもあってか肘にコブを作りながら伸びてゆき、 
新芽をつける枝はムチかワイヤーのように細い。
     
 画面は、下部にわずかにのぞく常緑樹の濃い緑があるだけで、けやきの萌黄の新芽が伸
び薄いピンクの桜がほころびる頃。
 殊更芽吹きが遅いこの木にとっては、やっと待ちかねた春を迎え、わずかに芽生え始め
たばかりのユリノキの初初しさが素晴らしい。 そんなイメージが感じられれば幸いだ。
   
    
< 雪の日 > 
 
 曇天の雪景色は、陰影の造形を演出する。冬を迎えたこの木が細い枯れ枝にわずかに積
もる雪だけでは物足りない。そんなことからぼくは、この木を上から見られる我が家の4
Fの北窓から、遠景の木々と地上の雪をあわせて表現できるアングルでこれを写した。
    
 造形の原点は、色を出来るだけ使わず、白と黒だけで構成する世界だ。とは、モノクロ
時代にはよく言われた言葉だ。
               
                           

< ユリノキの花 >

       
            
< ユリノキの花 >
   
 4Fのリビングから南側のベランダに出ると、正面の緑道沿いに6本のユリノキが列を
なし、右手には桜、ハナミズキなどが手で触れられるほどの近くにある。
    
 そのユリノキの手前から2本目には毎年5月になると、黄色いチューリップに似た花が
咲く。花びらは黄水仙に近い色で先端はクリーム色、柔らかくさっぱりしたイメージであ
る。どういうわけか、この6本のうち花が咲くのはこの1本だけで、団地でも数本を見か
けただけで貴重品である。
 この花の写真撮影はベランダからで、花の大きさが実物のチューリップ大だから、長焦
点レンズでのクローズアップ撮影である。
    
 このあたりで見られる木に咲く花は、桜、ぼけ、こぶしなどあるが、チューリップのよ
うな花が咲いているのは、木に草花がついているようでちょっと異様な感じだが、実に可
愛いものだ。
 ご近所のめっぽう花に強い物知りの奥方に聞くと、即座に北アメリカ原産で洋名ではチ
ュ−リップ・ツリーともいわれているという答えが返ってきた。
  
                      

< 6本のユリノキ >

< レシピ >
        
 色のレシピでいえば、左側が5月、右側が初夏から秋まで黄緑から深緑への経過になる。
 葉っぱの色は、一番明るいところはイエロー・グリーン(冴えた若草色)が瑞々しいパ
ワーを感じさせる。やや濃い緑はすこし白みが加わったエメラルド・グリーン(宝石のエ
メラルドに似た色)。少し薄いところはコバルト・グリーン。
 全体としてのカラーバランスは、5月の暖かさに汗ばんだような昼下がり、吹き抜ける
風のような爽やかなイメージがある。
   

           

    

< 紅葉 A >

< 紅葉 B >

       
                
< 紅葉 A >
   
 紅葉は橙色が基本だがオレンジ色と呼ぶほうがイメージしやすいだろう。
 オレンジ色といっても赤みの強いオレンジから黄みの強いオレンジまでいろいろなオレ
ンジがある。
 オレンジ系は、陽気、健康的で温かく、暗い色調にすると充実感や重厚さをあたえてく
れることから歴史的な愛好色として、草木染めの和名も大変な数がある。朱色、柑子(こ
うじ)色、黄丹色、とき色、蒲色、肉桂色、とのこ色、金茶色その他などなど。
    
 それぞれの落葉樹が競う紅葉最盛期の姿は、オレンジ系カラーのオンパレード。これら
色名のすべてが参加するわけだから絢爛豪華は当たり前である。
 古くは平安初期から始まったオレンジ色の使用には禁色とされた色があり、皇太子の礼
服は暁の光をおもわせる鮮やかなオレンジ色、天皇の礼服はハゼとスホウで染めたかなり
濃い赤茶色だったという。
    
 ところで、なぜ紅葉が絢爛豪華に見えるのかという理由は、近い色相の混合は明るくあ
ざやかに見え、反対色を交えた混合は渋くなるということだが、その最たるシ−ンとなれ
ば、夕刻のひと時、色温度の低い柔らかい太陽光で明度も彩度も高くなり、オレンジ系が
ひときわ輝いて見える頃だろう。
 色温度による違いは、蛍光灯と白熱灯やローソクの光で食事をとる場合を考えればよく
わかるはずだ。
                                      
     
 まだ、<究極の紅葉>は撮れていない。 ぼくがここに掲載した紅葉は、究極の紅葉を
目指すぼくにとっては、かなり控え目で紳士風であろうか。
 色は美しい。単独で見るかぎりどんな色でも美しいが、それが置かれる環境や組み合わ
せによっては汚らしく、残酷にさえ見えることもある。
    
 紅葉は枯れ葉ではないのだ。この作品の色相の組合せの味わいは、能面なら「若女」。
女性なら17、18歳。花でいえば八分咲き。透明色としての色合いが残るころ、微妙な
ライティングがポイントである。
     
   
    
              < 紅葉 B >
   
       
 ユリノキには、この木の葉っぱの形から半纏木(ハンテンボク)という和名もあり、こ
れらの写真ではそんな感じがよくわかるだろう。
      
  木により気候の変化にもよるが、この写真の紅葉は殊に明るい黄色で、黄水仙(キスイ
セン)という色相に近く、シャ−ベットのようなさわやかさがある。紅葉としてはやや冷
たく覚めた色合いの適例であろう。
    
 このユリノキの先端部の枝葉の色模様には、ちょっと凝った古い色紙に見る金銀の箔の
散らしのようなところがあって面白い。
 一枚一枚の葉の中に、ピーチ(黄みのピンク)とホワイトリリー(うすい黄緑)が程よ
く散らされ、上品な淡色パターンが可愛ゆく感じられた。
     
 遠景のバックとして選ばれた桜は紅葉がおそく、その一歩のズレが緑と赤の斑点状とな
り、主題を引き立てるかなり複雑な反対色として効果をあげている。
         
                  

< レシピ >          
       色のレシピは、この二点の作品の特徴をよくあらわしている。
      
  初心者にとって混色は難しい。こんな絵の具のレシピはそれが一目でわかるサンプルと
 して利便性がある。
  名画、モネやマチスなどの色づかいは実際に当時つかった色でなく、名画から色を抽出 
 して基本色におきかえたものである。
  (掲載レシピは視覚デザイン研究所の編集による「絵具のレシピ」より引用した)